「男はなー、相手の女を軽蔑していても、つきあえるもんなんだよ。むしろ、その方が興奮するくらいでさ」と、わたしの先輩であるおっさんは、ビール数杯ののち、焼酎に切りかえてまた数杯、わりといい具合になりながら語った。とある呑み屋での会話である。わたしもすでに、ビールから濃いめのウーロンハイにスイッチしており、つまりは同様にいい具合だった。たしかに、だめな女とか、信頼できない女とか、逆にもりあがるかもしれないな。ドストエフスキーも、そんなことを書いていたような気がする。しかしこの、つまみを食うのがすでにめんどうになっているってのはどういうことだ。だめだ、野菜スティックをたのもう。健康のために。すいません、あの、野菜スティックひとつ。
「でもよー、女の場合はさ、男にどこかしら尊敬できるところがないと、つきあえないとおもうね。女は男に尊敬を求めるんだよ。ここがちがいだね」。おっさんがそういったので、わたしはおもわず身をのりだした。ただの酔っぱらいかとおもったら、わりといいこというじゃないか、このおっさんは。尊敬を求めるかどうか。なるほどとおもう。「そうですね。男はべつに、女の子に尊敬ってそれほど求めないですからね」と、わたしは相槌をうった。おっさんは、自分の投げた球がストライクで届いたことに機嫌がよくなり、「お、わかるか」といった。それはわかる。女の子であれば、男のどこかに、ちゃんと尊敬できる部分がないと、たぶんだめだとわたしも想像できる。「やっぱり、女の子からしたら、『この人、なさけないなあ』って感じたら、そこで気持ちが途切れるんでしょうね」とわたしはいった。そんな気がした。おっさんは、くさい芋焼酎をぐいぐいやりながら、「わかるかあ、このやろう。尊敬だよ、女の子が求めるのはさ。それは具体的に、地位かもしれないし、金かもしれない。人間性だったり、態度からあふれでる自信だったりする場合もある。なにを尊敬するのかはわからないよ。とにかくまあ、尊敬できる相手を求めるんだろうな。そうなると、どっかで相手にびしっと尊敬してもらわないと、うまくいかないねえ、たぶん」とうなった。そこで、さきほどの野菜スティックがきた。わたしはきゅうりに味噌をこすりつけてから、ワイルドにふた口で食った。
「でも、あの、『俺はいずれビッグになるんだ』っていいながら、女の子に小遣いもらって、毎日パチンコしているだけの男とかいますよね。あれは尊敬が成立しているんですか」と、わたしは訊いた。ささやかな疑問である。「あれはねえ、してるのよ」と、おっさんは、グラスに残った氷を齧りながらこたえた。がりがり。まったく関係ないが、わたしは、酒をのんでから、グラスの氷を食べる人がすきだ。がりがり齧る人とかを見ているとうれしくなる。生命力があるね、あれは。「ああいう人はねえ、自分を疑わないから。小遣いもらうときも、もう、堂々ともらうのよ。税務署みたいに、びしっと要求するの。それでいて、えらくでかい夢を語るんだ。そこがすごいでしょ。俺とかおまえだと、恥ずかしくてできないだろ、そういうの」「ああ、僕、だめですね。とてもできません。無職で夢語りなんて」「まあ、そういうのはあまりいい尊敬じゃないけど、女の子をどうにかしようとおもったら、相手にそれなりの敬意を払ってもらう必要はある」「そうですね。参考になりました。ありがとうございます」。わたしはていねいに礼をいった。おっさんの息は芋くさかった。