今、フルタ丸はこりっち舞台芸術という演劇サイトでお台場を目指している。
別にお台場にあこがれているわけでもない。場所はあちらの都合で、どこでもいいんだ。五反田とか、
八王子だってかまわないと思う。
フルタ丸の演劇は馬鹿で単純だって、笑われやすいと思う。演技も脚本も、全てにおいて芝居に深みがないとか言われるかもしれない。
と、ほかの劇団のやってる芝居のあらすじとか脚本とか舞台映像とかを見ていて思った。確かに他の劇団でも面白そうだなあというのはいっぱいある。ハイバイってちょっと気になるし、田上パルっていう劇団も面白そうだ。
例えばフルタ丸ががちんこでその2つの劇団とあわせて審査されたら、どうなるか正直自分は弱気だ。
負ける可能性はでかい。すごくでかい。
フルタ丸はブルーハーツなのだ。他の劇団もブルーハーツなのだけど、ブルーハーツどが「どうしようもねえや」レベルで強いのがフルタ丸だと思う。
あきれるほどに技巧がない。そりゃだめだろと思うくらいないと思う。
例えであげた他の2つの劇団は、今までにない新しい試み、この時代だからこそ生まれてきた演劇をやっていて、つまり新鮮で面白い。そして色々な劇団とコネクションもあり、そのコネクションは演技の練習や舞台美術、照明等を切磋琢磨しあう中で生まれてきたものであろうから、たくさん有名な劇団とつながりがある時点で、相当努力したりもしているんだろうなと思う。
フルタ丸は他の劇団からまったく仲良くしてもらったことがないし、したいとも思っていない。自給自足。大自然の中で学んだ野生児劇団。クラスに一人はいた、友達ゼロの引きこもり劇団だ。窓のそとばっか見て、本とか読んで、机につっぷしてヘッドフォンでなんか聴いてるやつ。
それに誇りを持っているとかでもない。ただ、なんとなくそういう「しめるところはしめる」みたいな「何か、ものごとをやるにあたっての基本」っていうものに従うのさえやだっていうのが理由だ。フルタ丸は変だと思う。うん、はっきり変だと思う。明らかにほかの劇団とは違う景色を見てると思う。
他の劇団とあるいている道筋が違う。わざわざ、へんな道歩いてる。しかもそれに気づいているようないないような顔つきで、ぼーっと、でもダッシュで進んでる。そんなことしてても遠回りだし、疲れる。
いずれは、なんかしらのきっかけで、でどこかと繋がりが出来るかもしれないけど。
この違いはきっと、やったときにあらわれる。どっちがいいとか悪いとかもないんだけど、この変な集団のなかにいれてよかった。なんか変なことがおきそうな可能性だけはいつでもあふれてる。その起きたときのふり幅が、3つの劇団を比べたときに一番でかいのがフルタ丸だと思う。と、思っていたいだけかもしれないけど。
「うまくまとめる技術を持つのはいいことだ。伝わりやすいものにすることも必要だ。それで着実に面白いものを作っていくっていうのは確かに一番王道で、正しいようにきこえるし、実際そうも思う。でも、どうにもなにかひっかかるんだ。それ、最終的に甘いとかいわれると思うけど、それでもただ、やりたいことだけをやってくのが、やりたかったことだから。うまくまとめるつもりなんかない。奇跡みたいな風景がみたいだけ。」
1か8か。ルールはしらねーけど、ようは演劇ってのは生ライブだろ。みたいな感じか。
フルタ丸という船は、一度もみんながいく港に停泊しない。出航したら、海の藻屑と沈むまで、演劇界の部外者だ。
ブルーハーツとも、ちがうかなあ。どうだろう?なんか近い感じはするんだけど。
どこにもない。ある意味新しい?ある意味どうしようもない?ある意味どきどきが大きい。多分最後の、どきどきにだけ、乗組員はときめいて船をこいでいるような気がします。
日差しがいっぱい降り注いで、いい航海になるといいな。魚もイッパイつれるといいよ。
うおー峯田の事件今日知った。さいこーダゼ。
別にお台場にあこがれているわけでもない。場所はあちらの都合で、どこでもいいんだ。五反田とか、
八王子だってかまわないと思う。
フルタ丸の演劇は馬鹿で単純だって、笑われやすいと思う。演技も脚本も、全てにおいて芝居に深みがないとか言われるかもしれない。
と、ほかの劇団のやってる芝居のあらすじとか脚本とか舞台映像とかを見ていて思った。確かに他の劇団でも面白そうだなあというのはいっぱいある。ハイバイってちょっと気になるし、田上パルっていう劇団も面白そうだ。
例えばフルタ丸ががちんこでその2つの劇団とあわせて審査されたら、どうなるか正直自分は弱気だ。
負ける可能性はでかい。すごくでかい。
フルタ丸はブルーハーツなのだ。他の劇団もブルーハーツなのだけど、ブルーハーツどが「どうしようもねえや」レベルで強いのがフルタ丸だと思う。
あきれるほどに技巧がない。そりゃだめだろと思うくらいないと思う。
例えであげた他の2つの劇団は、今までにない新しい試み、この時代だからこそ生まれてきた演劇をやっていて、つまり新鮮で面白い。そして色々な劇団とコネクションもあり、そのコネクションは演技の練習や舞台美術、照明等を切磋琢磨しあう中で生まれてきたものであろうから、たくさん有名な劇団とつながりがある時点で、相当努力したりもしているんだろうなと思う。
フルタ丸は他の劇団からまったく仲良くしてもらったことがないし、したいとも思っていない。自給自足。大自然の中で学んだ野生児劇団。クラスに一人はいた、友達ゼロの引きこもり劇団だ。窓のそとばっか見て、本とか読んで、机につっぷしてヘッドフォンでなんか聴いてるやつ。
それに誇りを持っているとかでもない。ただ、なんとなくそういう「しめるところはしめる」みたいな「何か、ものごとをやるにあたっての基本」っていうものに従うのさえやだっていうのが理由だ。フルタ丸は変だと思う。うん、はっきり変だと思う。明らかにほかの劇団とは違う景色を見てると思う。
他の劇団とあるいている道筋が違う。わざわざ、へんな道歩いてる。しかもそれに気づいているようないないような顔つきで、ぼーっと、でもダッシュで進んでる。そんなことしてても遠回りだし、疲れる。
いずれは、なんかしらのきっかけで、でどこかと繋がりが出来るかもしれないけど。
この違いはきっと、やったときにあらわれる。どっちがいいとか悪いとかもないんだけど、この変な集団のなかにいれてよかった。なんか変なことがおきそうな可能性だけはいつでもあふれてる。その起きたときのふり幅が、3つの劇団を比べたときに一番でかいのがフルタ丸だと思う。と、思っていたいだけかもしれないけど。
「うまくまとめる技術を持つのはいいことだ。伝わりやすいものにすることも必要だ。それで着実に面白いものを作っていくっていうのは確かに一番王道で、正しいようにきこえるし、実際そうも思う。でも、どうにもなにかひっかかるんだ。それ、最終的に甘いとかいわれると思うけど、それでもただ、やりたいことだけをやってくのが、やりたかったことだから。うまくまとめるつもりなんかない。奇跡みたいな風景がみたいだけ。」
1か8か。ルールはしらねーけど、ようは演劇ってのは生ライブだろ。みたいな感じか。
フルタ丸という船は、一度もみんながいく港に停泊しない。出航したら、海の藻屑と沈むまで、演劇界の部外者だ。
ブルーハーツとも、ちがうかなあ。どうだろう?なんか近い感じはするんだけど。
どこにもない。ある意味新しい?ある意味どうしようもない?ある意味どきどきが大きい。多分最後の、どきどきにだけ、乗組員はときめいて船をこいでいるような気がします。
日差しがいっぱい降り注いで、いい航海になるといいな。魚もイッパイつれるといいよ。
うおー峯田の事件今日知った。さいこーダゼ。
PR
COMMENT